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カフカの『変身』について書いてみました。
「変身」感想文 目標2000字
この本を読んでまず思ったことは、主人公は自らの家族に利用されていただけの存在なのだと言うことである。その考えに至った理由を順に説明すると、主人公であるグレゴール・ザムザは、自身が朝起きて毒虫になっていたにも関わらず、早朝に乗る汽車のことを考えていたことである。つまり、普通では考えられないような異常事態が彼の体に起きていたにも拘らず、彼の思考はまず仕事に向けられたのである。
彼の家族は、父親が破綻したため、ただ一人グレゴールが働くことで生計を立てている。彼が毒虫として家族の前に姿を現す前に、彼の母親が彼の仕事先の支配人に、彼が部屋に閉じこもっている状況を説明する台詞には、彼は仕事以外のことを考えない、夜に出かけない、汽車の時間ばかり調べている、とあるが、このことから、家族からの視点でも、彼は家計を支える労働者という立場であると言うことが伺える。
更に、彼が毒虫になったことを彼の家族が知った後の話では、彼は家族の一員でありながら、家族に嫌悪される存在として扱われるようになっている。彼の家族は、突然現れた毒虫がグレゴールだと言うことを認知しているし、その理由で彼を追い出すことをしなかった。しかし、彼の父親は彼を乱暴に扱い、彼の母親は彼を見るだけで卒倒している。彼が毒虫になってからも餌をあげるために毎日彼に間接的に接触している妹でさえ、彼の使った食器代わりのバケツや、触れもしていない食べ物を決して直接手では触れず、雑巾で摘み、箒で掃いている。家族は彼のことをグレゴールと認知しているのであれば、これまで家族のために働いてきた彼の功績に感謝し、見た目のグロテスクさを差し引いても、彼にはそれなりの接し方があったと思うが、彼の家族はそれを行っていない。つまり、彼の家族にとって、彼の存在はただの嫌悪であり、家族を養うという存在価値を失った毒虫なのである。言い換えれば、彼の家族にとってグレゴールの存在は、家族に収入をもたらしてくれる者以外でなかったと言える。
また、仕事が破綻し、収入を全て息子に任せ、怠け、太った彼の父親は、グレゴールの収入が期待できなくなるのが分かると働き始めている。毒虫の弾力を持ち、かつ硬い背中にりんごを投げつけ、グレゴールに致命傷を負わせる芸当も行えるほど達者である。事実、そのりんごは毒虫となったグレゴールの表皮を貫通し、彼の肉に食い込んでいる。年老いた父親を演じ続けていた彼は、まだ十分に働けたのだ。
最後に、毒虫となったグレゴールは、妹のバイオリンの音色に誘われ、彼の篭っていた部屋を抜け出し、彼が働けなくなり、収入を得るために部屋を貸している下宿人達に見つかってしまうが、その時に唯一彼と毎日接点を持っていた彼の妹の本音の発言に、毒虫をグレゴールだと思うからいけないのだ、毒虫にグレゴールの意識が残っているのなら家族に迷惑をかけないために自分から出て行く、というのがある。この時点で彼は家族の一員であっても、この家に居る意味はなく、むしろお荷物だと言っている。二つ前の内容に重なるが、毒虫となったグレゴールのこの家における存在価値は無に等しいと言える。
以上のことから、彼の存在が家族にとって収入源としての存在でしかなかったことが伺える。もちろんそれ以上の存在であったことも事実ではあるが、最初に述べた利用される存在であったことは間違いないであろう。
彼が死んだ後、彼の父親は「神に感謝できる」と言っている。毒虫となった彼は、その存在価値を失い、逆に足を引っ張る邪魔者とされてしまったのである。彼の家族は、彼が言葉を話せなかったために、毒虫にグレゴールの意識は残っておらず、言葉も理解できないと思っていたが、もし彼にコミュニケーション能力が残っていた場合でも、この扱いはほとんど変わっていなかったであろう。むしろ意思疎通が可能なばかりに、グレゴールや家族にとって相当気まずく、残酷なことになっていたのかも知れない。
また、グレゴールは毒虫になった後、毒虫となりきった生活を送っている。変身以前は仕事と、それによって家族に貢献すること以外考えなかった彼が、それが叶わなくなった後には、自分が虫として生きることを考えている。壁や天井を這うことをしたのも、自分を毒虫として認めたくないのならそのような行動を取るはずもないし、むしろ堂々と自分は虫の姿でありながら人間であるとアピールできるかもしれない。彼は虫としての生活を堪能していると言える。
彼は毒虫となって、毎日追われ続ける仕事から解放され、自由の身となっている。虫としての生活も、彼は自由を楽しんでいると言える。彼は自由を欲する余り虫となったという考え方もできるが、それは少し違うような気がする。彼の虫としての生活には、一種の諦めのようなものを感じた。彼は、自分が働けなくなることで、家族に自分の存在意義を見出してもらえなくなることを分かっていたのかもしれないと思う。
また、この話全体を通してカフカの描きたかったことは、一つ屋根の下で起きた、グレゴールの存在意義を失うことからの部屋への隔離、つまり、彼の家族を社会に例えるならば、社会的存在価値を失った者への無慈悲な社会からの仕打ちを風刺することだったのだと思う。
2245字
「これは感想文じゃない!」と突っ込める方挙手!(むしろ駄目出し希望)