『ゲームセンターあらし』の頃(第6回)
『ゲームセンターあらし』の頃(第6回) 「目が見えない~!」  ぼくは大騒ぎして台所にいたカミサンを呼びました。  正しくは、目が見えないのではなく、目が開かなかったので

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『ゲームセンターあらし』の頃(第6回)

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『ゲームセンターあらし』の頃(第6回)

「目が見えない~!」
 ぼくは大騒ぎして台所にいたカミサンを呼びました。
 正しくは、目が見えないのではなく、目が開かなかったのです。
 何ごとが起きたのかと思って駆けつけてきたカミサンが、ぼくの顔を見てビックリ。上下のマブタが黄色い目ヤニでふさがれ、固まってしまっていたのです。
 カミサンは、台所に戻って蒸しタオルを作ってきてくれました。熱い蒸しタオルを目元にあて、しばらくじっとしていると、目をふさいでいた目ヤニが少し柔らかくなってきました。そこで、えいやっと目ヤニの端をつまんで引っ張ったのです。
「イデデデッ!」
 激痛のために情けない叫び声を上げてしまいましたが、なんとか目は見えるようになりました。上下のマブタを接着していた目ヤニが取れたからです。
 両目をふさいでいた目ヤニの帯には、睫毛がくっついていました。目ヤニを剥がすときに睫毛も抜けて、これが激痛を誘発したのです。
 でも、寝ているあいだに、マブタをふさぐほどの目ヤニが出るなんて経験は、生まれて初めてのことでした。毎晩、毎晩、睡眠時間を削ってパソコンの画面を見つめていたせいで、目が疲れていたのにちがいありません。そして、この目ヤニ騒動が、まもなく思わぬ展開を生むことになったのです。

「あれれ……? ない! パソコンがない~!」
 マンガの仕事を終え、深夜帰宅したぼくは、居間のコタツの上に置いてあったはずのパソコンが消えているのを発見し、思わず声をあげました。
 そのまま寝ているカミサンを起こしてパソコンの行方を訊ねると、「粗大ゴミに出した」というではないか。そ、そんなバカな。19万8000円もしたパソコンなのに。いくらなんでも、そんなもったいないことはしないだろう……と思ったのですが、同居していたぼくの母と相談して決めたとのこと。ぼくがパソコンに夢中になって、疲れ目でマブタが目ヤニでくっついたりしたことで、ぼくの健康が不安になって……というのがカミサンの言い分でした。
「自分の顔を鏡で見てごらんなさいよ。痩せてほお骨まで飛び出して、幽霊みたいな顔してるわよ」
 ふだん鏡を見る習慣などないので自分では気づいていませんでしたが、あとであらためて洗面所の鏡で自分の顔を見ると、確かに頬骨が目立つようになっていました。
 初めての子どもが生まれる直前で、住宅ローンだって抱えているのに、ここでぼくに倒れられたら困る――カミサンと姑になるぼくの母とのあいだで相談がまとまり、パソコンを粗大ゴミに出すことにしたというのです。
 1ヶ月後に出産を控えたカミサンに、ふくらんだお腹を突き出して、家族がひとり増えるんだから……と言われると、こちらもグウの音も出ません。しかたなしに、パソコンのことは、しばし、あきらめることにしたのでありました。1980年4月――パソコンに触りはじめて4ヶ月になり、プログラミングが楽しくてしかたのなかった頃のことでした。
 パソコンに触れなくなると、なんだか心の中にポッカリと空洞ができたような感じになってしまいます。ただ、仕事の方では『ゲームセンターあらし』の人気が高まる一方となり、仕事場に借りたアパートの部屋に泊まり込む日が続くようになっていました。その忙しさが、パソコンに触れない欲求不満を解消してくれていたのでありました。
 この頃のぼくは、「コロコロコミック」と「別冊コロコロコミック」で『ゲームセンターあらし』を連載するかたわら、「テレビマガジン」(『仮面ライダー』や『キャプテン・フューチャー』)、小学館と旺文社の学習雑誌などでもマンガの連載を持ち、さらには「週刊少年マガジン」と「月刊少年チャンピオン」でペンネームを使って連載マンガの原作を担当。さらには無署名で月刊マンガ誌連載マンガの原作まで担当している状態だったのです。
 パソコンなど楽しんでいるヒマなどないほどの忙しさだったのですが、忙しいからこそ、何か仕事とは無関係のことがしたくなるのです。もしかすると一種の逃避行動かもしれませんし、こんな「楽しみ」があったからこそ、ココロのバランスが保てていたのかもしれません。
 ああ、それにしても、パソコンよ、パソコンよ……というココロの状態ではありました。パソコン雑誌は全誌購読し、雑誌に掲載されていたゲームなどのBASICプログラムを打ち込んでは試し、ついには初のオリジナルプログラム(確定申告の計算書)まで作り上げ、4万円していた16KBの追加メモリーが2万5000円になったので思い切って購入し、これで「スタートレック」のプログラムも打ち込んで、自宅でエンタープライズとクリンゴンの戦いを楽しめるようになり、雑誌に掲載されていたオセロのゲームを打ち込んだら思考ルーチンが遅くてたまらないので、これをマシン語化できないかと考え、BASICのテープを買ってきてZ-80のマシン語のお勉強までしていたときだったのに……嗚呼、嗚呼、嗚呼……!
 そして5月中旬、長女が誕生し、ぼくはついに父親になったのですが、市役所に出生届けを出しに行った直後、ついに、悪魔のような行動に走ることになったのでありました……。
 さて、その悪魔のような行動とは……いったい何か? つづきは来週をお楽しみに~。

 (つづく)

(このところ、子どもの頃に見ていた紙芝居みたいな引きになってきているかも……(^_^;))

■画像(上から)

『マイコン読本』(佐々木正・監修/エレクトロニクス・ダイジェスト/1979年5月刊)……シャープMZ-80Kを中心にした「マイコン」の解説書です。

 同書に掲載されたMZ-80Kの写真。

 同書に掲載された「スタートレック」のプログラムの一部。ぼくは、この「シャープBASIC」でBASICを憶えたもので、後にマイクロソフトBASICに接したとき、あれこれ戸惑うことになりました。

  • │2006-04-27 18:35:55│ カテゴリー:本・マンガ│ コメント(7)
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