森山茂和プロ「雲蒸龍変 冬の陣」
明けましておめでとうございます。 森山茂和です。まずは簡単な自己紹介。 昭和26年11月6日生まれ、56才にもなってしまいました。 山口県小野田市、現在の山陽小野田市の出身です。

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森山茂和プロ「雲蒸龍変 冬の陣」

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明けましておめでとうございます。
森山茂和です。まずは簡単な自己紹介。

昭和26年11月6日生まれ、56才にもなってしまいました。
山口県小野田市、現在の山陽小野田市の出身です。
麻雀を覚えたのは18才、大学1年の時です。西新宿の麻雀荘がデビューだったように記憶しています。
その頃、初めて遭遇した役満が地和(チーホー)ペン(3)をツモってペンチャンツモだからダブル役満だと主張され、そうなのかと点棒を支払いました。今だったら払いませんけど、経験のある人の言葉は絶対だったんですね。

その後成長して、なまじ麻雀に自信があるものですから25才の時に山口から愛車に生活用品を積んで、住む所も決めずに再上京。
若さとはいえ無謀ですね。無茶としか言えない事が平気で出来たんです。今はとても無理。

今年の2月22日で山口を出発して丸31年。そりゃ年取りますよね。
小島武夫プロが今年71才かな、当時は40才か、若かったね、今は若々しくて素敵な優しいオジイちゃん、麻雀は全く変らず魅力的で人気も不動のNO1、あまり変ってない様に感じます。

初のビッグタイトルは30才、日本プロ麻雀連盟が出来た年に第九期王位に、もう26年も前かぁ。
2001年には最強位、21世紀初のタイトルです。
この年、初めて「スカパー!」の麻雀チャンネル「MONDO21」に出て「アトミックリーチ」が生まれました。

麻雀格闘倶楽部との関わりもこの年でした。
麻雀格闘倶楽部1が出たのが2002年3月、日本プロ麻雀連盟公認、麻雀格闘倶楽部2は2003年。
そうなんです。実は麻雀格闘倶楽部1が出る前から2の準備は始まっていたのです。
この辺りの流れから、私の発案で麻雀格闘倶楽部とモンドのコラボレーション企画が生まれ、2003夏から毎年放映される事になるのです。

そして、今年1月13日から「MONDO21」で放映されるのが、「第2回 麻雀格闘倶楽部 雲蒸龍変 冬の陣」。麻雀格闘倶楽部初の三人打ち麻雀の大会なのです。
http://mondo21.net/unjo2winte (new window)
三人打ち麻雀が初めて搭載されたのは麻雀格闘倶楽部5です。このモードの特徴は点数計算方法、親かぶりの無い解り易い点数システムを提唱したのは前原雄大プロ、これは目から鱗で大賛成、三人打ち麻雀が大好評なのはサンマ大好物の前原プロのお陰であります。

番組の内容はテレビを見て頂くとして、収録日の前日の夜、新宿で前原プロ、滝沢プロと対戦リハーサルを行いました。
最初は前原プロの独壇場、「少しは手を抜けよ、明日の本番で頑張ればいいだろう」とたしなめますが、しかし前原プロはそんな事はお構いなし。
しかし、終盤雲行きが怪しくなって来ました。ちょっとしたキッカケで私の方に牌が押し寄せます。
ラス前の一戦、メンホントイトイ三暗刻のリーチ、「頼むからツモるなよ」とリーチした時から宣言、みんなツモり四暗刻だと判っています。これが20時間程度ずれてくれれば良いのに残念ながら四暗刻完成。
そして最終戦、この回もブッチギリのトップ。こんなにツキを無駄に使って、明日は苦しいと思うのが56才のお年なのでしょう。
その前に滝沢プロ、勝又プロと三人打ち麻雀の練習をした時にも、開局でいきなり四暗刻ツモ。
三人打ち麻雀は普通の麻雀の10倍は役満が出るんです。ただし、9種9牌で流していてはそんなに役満は出来ませんよ。
私も早くテレビ対局でなんとか、そうだ今年の抱負は「テレビ対局で役満をあがる」としよう。
今年も宜しくお願いします。

写真は私の麻雀格闘倶楽部画面、トップ率は3.00。
三人打ち麻雀は4.08。三人打ち麻雀は400対戦以上しています。
たぶんプロでは一番多いです。一時はトップ率4.50あったんだけど最近不調です。
  • │2008-01-04 17:28:35│ カテゴリー:ゲーム│ コメント(6)
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