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みなさーん、初めまして!!
日本プロ麻雀連盟の平岡理恵です。
今月の金曜日は私の担当になりました。(*^―゜)ノ
どんなささいなことでも、日記とは関係ないことでも、聞きたいことがありましたらコメント下さいね!
今回は第1回目ということで、まずは私の自己紹介から。
よく聞かれる質問に、「プロになろうと思ったきっかけはなんですか??」というのがあります。
それは、私がまだ将来の目標が定まらずにいた大学生の時でした。
とても尊敬していた教授がいて、その教授の研究室に入りたいという思いがあって、
静岡大学の理学部生物地球環境科学科に入学した私でしたが、
実際は勉強よりも楽しいことが多くて、本業が疎かになっていました。
特に麻雀は、小さい頃から慣れ親しんでいたので、深い思い入れがありました。
私達家族は3人兄弟に両親の5人暮らし。
父が一家団欒の場を作りたいと言い出し、大好きな麻雀をやろうということになったのが小学4年生の頃。
まるで知らないところから始め、時には父に「何でその牌を捨てるんだー!!」と厳しく叱られたこともありましたが、
楽しくてしょうがなくて、毎週土曜日には必ず家族で麻雀をするようになりました。
中高生時代、私のあだ名は「じゃん」。麻雀の「じゃん」ですね。
それだけ、私と麻雀は切っても切り離せない関係にあったのです。
でも、将来のことを考えると、麻雀ばかり打っているわけにはいきません。
そんな悩める私に、その教授は、
「今は勉強なんかより大切なことがたくさんある。今しかできないことをしなさい。色々なことに挑戦しなさい。
麻雀が好き?素晴らしいことじゃないか。」
と、応援してくれました。
私はその言葉が嬉しくて、改めてその教授を尊敬しました。
しかしある日、野外実習の時に友達が、
「そういえば、うちの学科の教授が交通事故にあって亡くなったらしいよ・・・。たしか○○教授!」
ええ??うそでしょ?何かの冗談でしょ?
私が尊敬していたその教授は、帰らぬ人となってしまったのです。
私と教授が最後に交わした会話は、その言葉でした。
悲しみの中で私は、教授が最後に残してくれた言葉が心に残り、
今しかできないことを一生懸命やろう、と思いました。
そして、大学3年の秋に日本プロ麻雀連盟のプロ試験を受験しました。
その当時は、今と違って女流プロが少なかったのですが、1期先輩には二階堂亜樹プロ、同期には二階堂瑠美プロがいました。
大学に通いながら東京での対局に参加し、学業とプロ活動を両立させていました。
やがて無事に大学を卒業、一旦は一般の企業に就職しましたが、会社の仕事がとても忙しく、
このままでは仕事も麻雀のプロ活動も両方中途半端になってしまうのではと思い始め、
再び悩める時期を迎えました。
そんな時も、私を支えてくれたのは、やはりあの教授の、あの言葉でした。
思い切って会社を退職し、麻雀プロ一本で頑張っていくことを決めました。
麻雀プロになって、はや7年。
未だリーグ戦で昇級したこともなく、ましてやタイトルも獲ったことはありません。
日本プロ麻雀連盟が主催するプロクイーン決定戦というタイトル戦では、2度の準優勝の経験があります。
しかし、準優勝ではダメなのです。
優勝しなければ意味がないのです。ヽ(`Д´)ノ
最近ではリーグ戦で4期連続で昇級を逃してしまいました。
悔しくて涙を流した時もありますが、でもそれは、すべて私の努力が足りないということ。
その悔しさをバネに、今麻雀を勉強し直しています。
プロ歴7年というのは若手の中では長い方です。
今年は、私にとって麻雀の転機が訪れたと思っています。
来年の私を楽しみにしていて下さい!
と言って何もできなかったら、みなさんに顔向けできないですね・・・。(笑)
こんな私ですが、みなさん応援して下さいね。(>_<)
普段は静岡に住んでいるので、静岡市内のゲームセンターやネットカフェに出没して、麻雀格闘倶楽部を打ってます。
見かけましたら、ぜひ声をかけてください♪^^
では、また来週(*^―゜)ノ