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この前、帰宅途中の地下鉄のホームで、とあるヒゲもじゃの外国人の方が一緒にならんでられて、いきなりクラシックの曲がかかったかと思ったら、その人の「着うた」でした。
それがやけに、カッコよくて。しぶくて。
着うたクラシック、アリだなぁ。こういうのもエンターテイメントかも知れない、と思った次第。
岡村は、一番聞き取りやすいから、という理由で、普通の着信音をいつも使っていて、着うたはおろか着メロも使いません。息子はたしか、内蔵のディズニーの曲かなにか。嫁さんはクマプーのオルゴール音のヤツかなにかで、こんなん人混みに入ったら聞き取れへんやないか、みたいな着信音なんですが、なにやら、毎月ちくちく新しいの買ってるみたいです。楽しいんですかね、着うたって。楽しいんでしょうね。なんとなく、その感覚はわかります。岡村はいりませんけど。
前にもブログで書いた気がするんですが、岡村は携帯電話というプラットフォームにはとっても興味があって、前からゲーム作りたいなぁって夢みたりしてます。
携帯電話ってプラットフォーム特性がすごくて、まさに超マス層とでも言えるほど国民的普及をしてるIT機器であること。インフラが日本全国津々浦々まで整っていて、どこでも通信環境が整っていること。課金システムが秀逸でビジネスモデルが構築しやすいこと。などの、一般のゲームハードにはマネできない強烈で個性的なプラットフォーム特性をもっていて、この特性をフルに生かしたゲームはさぞ楽しかろうと思ったりします。
ただ、ある意味だからこそ、なんですが、携帯電話が対象とする超マス層が望むモノって、電話して、メールして、WEBブラウズする。せいぜいその延長で、着うた・着メロ、ワンセグ、カジュアルゲームをする。それで十分。そんな感じがします。
一般のゲームのように、より複雑に、より過激に、より楽しく、といった事は望まれてないのかもしれない。つまるところ、携帯電話はウォークマンやTVには向かっても、ゲーム機には向かわないのかもしれない。そんな風に思ったりもします。
「着うた」にしても「絵文字メール」「デコメ」にしても、これはこれで、エンターテイメントの一つの形ですよね。超マス層をターゲットにした、とっても「携帯電話」らしい、エンターテイメントの一つの形。
それくらい発想の転換をしないと、単純にゲームの理屈で携帯電話をとらえてもダメなのかもしれない。そういうことなのかもしれません。
話、発散してますね(笑)。やめましょう。
そうそう。「着うた」の話。
クラシックの着うたはいいかも知れない、と。
ただカッコイイのは、曲というより「外国人の人が」の部分であって、岡村がやってもやっぱり寒いだけの気もします。
いい「着うた」ネタがあれば教えてください。
もしかしたら街でその着信音がなったら、岡村かもしれません(笑)。